Toleo 1: 坂本堤
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坂本堤(さかもとつつみ、1956年4月8日 - 1989年11月4日)は神奈川県横須賀市出身の元弁護士(横浜弁護士会所属、登録番号20361)。
概要
坂本堤弁護士は東京大学法学部卒業後は法律事務所の事務職員勤務を経て、1984年(28歳)に司法試験に合格し、第39期司法修習生を経て1987年より弁護士となり、横浜法律事務所で弁護士業務に携わった。
事務職員時代は豊田商事破産事件管財人弁護士団を手伝っていたことがあり、妻の都子も宇都宮健児の事務員として管財人弁護士団に参加していたため、管財人弁護士団経由で2人は巡り会ったのである。
1989年からは江川紹子経由でオウム真理教に出家した信者の親たちからオウム真理教脱会について相談されたことをきっかけに、教団と交渉を開始、また同年5月には「オウム真理教被害対策弁護団」を設立し、オウム真理教の事実追求や批判を行った。
また、坂本弁護士はオウム真理教の問題に奔走していたことで有名な弁護士であるが、30数年前から統一教会の問題を手掛けていたことでも知られている。
坂本弁護士一家殺害事件
背景
1989年はオウム真理教が宗教法人化した年であり、オウム真理教への勧誘が積極的に行われていた。当時より勧誘や出家を巡るトラブルが後を絶たず、週刊誌がバッシング記事を連載し、子共が教団に出家してしまった親達を中心にオウム真理教への風当たりが強まりつつあった。
坂本弁護士は法的措置をとり、オウム真理教の真実を知ってもらうべく取材やマスコミにも登場しては教団の問題点を指摘した。
殺害、隠蔽
上記の活動の結果、坂本弁護士は教団からの反感を買い、1989年11月4日の午前3時頃に教団の幹部らによって妻の都子と長男の龍彦と共に殺害されてしまった(坂本弁護士一家殺害事件)。麻原彰晃が犯行を指示(ポアのサインを出し、塩化カリウムで殺害するよう命じたとされる)し、犯行に関与しているとされたのは岡崎一明・村井秀夫・新実智光・早川紀代秀・端本悟である。
坂本弁護士らは強く抵抗したため毒殺は実現できず、首を絞めて殺害したため死因は窒息死であるとされている。犯行に及んだ動機は翌年に控える衆院選への悪影響や今後の教団の発展の障害となることを恐れたからだとされている。麻原は殺害の成功を喜び、説法の後に3人の遺体をドラム缶の中に入れて別々の場所に埋めるよう指示したということもあり、捜査は難航した。麻原は死体遺棄を終えて帰ってきた一行に「真理を妨害することで得た金で養われている者も悪行を積んでいる」と説いて、「三人殺したら死刑は間違いない。みんな死刑だな」と笑いながら語ったとされている。
失踪が明らかとなった時点で、オウム真理教の関与が強く疑われたものの、麻原はテレビに出演し強く抗議した。その結果、後述の幹部による自供があるまで遺体は発見されなかった。
日弁連の反応
日弁連は1990年2月15日、名指しこそはしないものの実行犯の良心に訴え、事件の早期解決を願う会長声明を発表している。遺体発見、犯人達の最期
事件から6年後の1995年に岡崎一明からの自供により3人の死体遺棄場所が判明する。供述に基づき捜索したところ、同年9月6日、新潟県西頸城郡名立町(現・上越市)の山中から発見された。同じ日には富山県魚津市の林道脇から妻の遺体が、4日後の9月10日には長野県大町市の山中から長男の遺体が発見された。坂本弁護士の遺体発見を受け、日弁連が再度会長声明を出している。
なお、事件に関与した岡﨑以外の幹部達も、その後全員死刑判決を受けており、2018年にその刑が執行されることになる。日頃から"超越神力"による予言能力を主張していた麻原の「みんな死刑だな」という発言に対する、皮肉極まりない結果と言えるだろう。
余談だが、坂本堤弁護士の母の坂本さちよ氏は2020年3月にインタビューに応じ、当時の心境やマスコミ対応への不満を述べている。
追悼
坂本弁護士の遺体発見現場には、慰霊碑が立てられ毎年遺体発見日には滝本弁護士ら関係者による追悼行事が行われている。
特に2022年は、坂本弁護士(当時33歳)が亡くなってから33年が経過したということで、紀藤弁護士らも追悼のコメントを寄せている。
恒心教との関係
恒心教はパカ弁を中心とした弁護士をネタや研究対象として取り扱っており、またオウム真理教などの不謹慎文化の影響も根強いため、直接的な関係性はないが、親和性は高いと思われる。前述した事件の反省から弁護士の業務妨害への対策が急務となり、各弁護士会には「業務妨害対策委員会」が設立された。唐澤貴洋が所属する第一東京弁護士会では、他に{{wpl|山一証券代理人弁護士夫人殺人事件|会長夫人殺人事件}}があったことも、委員会設立のきっかけとなった。
業務妨害対策委員会では、尊師が座談会に参加し、尊師や山岡が活動内容を時折ICHIBEN Bulletinに寄稿している。また尊師は講演内で、同期の弁護士に業務妨害対策委員会を勧められ、「多くの先生方に話を聞いていただき、警察にも同行いただいたことがある。一人じゃないんだと思えたことで、精神を維持できました」と話している。
2015年12月2日、第一東京弁護士会会長岡正晶はGoogleMap改ざん事件にて「弁護士制度に対する重大な挑戦」という声明を発表。単なるいたずらに対しては大げさという意見もあったが、本事件のように弁護士が殺害された事件が念頭にあったためと思われる。また、岡に殺害予告がされた件で岡が警察への警備を依頼したことが明らかになっているが、これも過去に上記のような弁護士やその家族が襲われる事件が実際にあったためだと思われる。
唐澤貴洋との関係
唐澤貴洋が坂本堤弁護士について言及したことこそないのだが、前述した忌々しい事件は彼の若き頃に起こっている為知らないはずがなく、岡正晶が声明を出した背景も当然理解しているはずである。また、2022年2月3日には上祐史浩が当事件を語ったYouTube配信通知をわざわざリツイートしているため、配信も視聴したと見られている。しかし一方で唐澤貴洋は嬉々として大喜利のネタで尊師と発言したり弁護士のアカウントでオウムスラングの改変を発信したあげく、批判した教徒をブロックしたりと弁護士倫理が著しく欠如した行為を平然としている始末である。
これにはオウムを初めとする不謹慎ネタを嗜む恒心教徒ですらドン引きするばかりであり、弁護士マップでも批判されている。
後に、これら一連のツイートは2022年7月14日に行われた教徒による懲戒請求の際に懲戒理由として使用され、第一東京弁護士会に送付された。
余談だが、唐澤は新米時代に坂本総合法律事務所へ勤務しており、このことがハセカラ騒動でオウムネタが定着した理由の1つとされることがある。